ノームの森~The Forest of Gnome~

(作)梶木かじき遊仁ゆうじ

ノーム世界の創世記のエピソード 父なる神と5人の兵士

ノーム世界の創世記の中から、父なる神と5人の兵士にまつわるエピソードを紹介

基本情報

着目

木とハイアーベリーのツタがセットで描かれている場合で、『ツタが木に向かっている』場合は、その木は普通の木を表します。逆に、『木からツタが出ている』場合は、その木が『世界樹』であることを表すのです。年代的にハイアーベリーが存在しない時代の絵であっても、この様式で『世界樹』であることを表現することもあるのです。
『世界樹』を表現するための描き方はいくつもありますが、この点に着目すれば、ノームの世界のタペストリー画も違う楽しみ方ができますね。

来訪者

『叡智御降授(えいちごこうじゅ)』の後、父なる神は“あの1本の大きな木”がある森の奥深くに移り住まわれたのです。近くには大きな池があり、その池畔(ちはん)に小屋を建てて、研究に没頭されていました。しかし、森の外は、相変わらず「戦(いくさ)」ばかりです。大きな爆発音は広大な森を抜けて小屋まで聞こえ、森の入り口には兵士の死体が散乱する有様(ありさま)に、父なる神はイヴの子たちの愚かさに憤り(いきどおり)を覚えつつも、哀れみを感じて過ごしていました。
そんなある日、父なる神のもとに、5人の大怪我(おおけが)をした兵士がやってくることになります。これにはさすがの父なる神も驚きました。なぜなら、この森は、“あの1本の大きな木”のしもべである、巨大なオオカミによって守られているからです。悪意を持つ者は、このオオカミが森への侵入を阻み(はばみ)ます。近隣の村のイヴの子たちは、恐れ慄(おそれおのの)いて森に近づくことはなかったのです。
この5人の兵士たちは、大怪我をしながらも、最後の力で這(は)って進み、偶然ではあるものの、父なる神のもとに、なんとか辿(たど)り着いたのでしょう。母なる神のご加護か?それとも、生きんがための必死さが、イヴの子たちの心の奥底に巣くう、わずかな悪意を消し去ったのか?いずれにしてもオオカミに襲われることなく辿りつた者たちです。父なる神は、兵士たちを介抱することにしました。

介抱

5人の兵士たちは、森に隣接する5つの国(『砂の国』『山の国』『草原の国』『雪の国』『海の国』)の兵士でした。どの兵士も意識が朦朧(もうろう)としており、危ない状態でした。父なる神は、血だらけになった頭をそっと抱きかかえ、水を少しだけ口に含ませると、それぞれの兵士にこう告げました。

「良いか、イヴの子。ここで、私がそなたを癒そう。ただし、そなたが、国からいかなる使命を仰せつかっているにせよ、ここでは、皆等しく私の患者じゃ。もし、ここで他の4人を傷つけ殺さんとする様なことをすれば、私は、直ちに、そなたを森に打ち捨てよう。その時には、森を守るオオカミもそなたを放ってはおかぬだろう。」

兵士たちは、朦朧とする意識の中でもハッキリと聞こえたその声に反応して、わずかに残された力を振り絞ってうなずくのでした。

怖い思い

父なる神の介抱のおかげで、5人の兵士はどんどん回復していきました。起き上がり歩けるほどにまで回復した者は、小屋から出たがりました。なにしろ、狭い小屋ですし、他の者たちは敵国の兵士。会話もなければ、殺伐とした雰囲気が充満しており、お世辞にも居心地が良いとは言えません。何よりも、退屈なのです!兵士たちは、オオカミに襲われる心配があるため、小屋から出ても、小屋の周りのわずかな場所しか歩くことができません。それでも、外に出ることは、ある種の娯楽の様なものだったのです。

そんな中、退屈しのぎに、森の奥に進もうとした好奇心旺盛(こうきしんおうせい)な者が出てきました。『ちょっとぐらいなら…』という軽い気持ちでしたが、すぐに考えを改めることになります。森に入ったとたん、あっさりとオオカミに見つかり、鋭く睨(にら)みつけられました。兵士は恐怖のあまり、動けなくなってしまいました。なにしろ、オオカミは牛と同じくらい、いや、もっと大きかったかもしれなかったからです。幸い、この時は、父なる神が駆けつけてくれて、無事に小屋に戻ることができましたが、あまりの恐怖に、二度と父なる神の言いつけを破る様なことはしないと心に誓ったのでした。

紡がれる絆

ある日のこと、『雪の国』の兵士が池畔に腰かけて、持っていた笛で、故郷の歌を演奏しはじめました。『故郷の小麦が豊かに実り、収穫を迎える喜びを歌ったもの』だと言います。その曲を聞いて、『草原の国』の兵士がやってきて、少し離れて腰かけました。少しだけ微笑むと、持っていたオカリナで別の曲を演奏しはじめました。『雪の国』の兵士は驚きました。さっき演奏していたメロディにそっくりだったからです。この曲は、『家畜を連れて次の宿営地に移動する際に歌う“春の祝いの歌”』だそうです。父なる神が、通訳をしてくれます。
そうこうしているうちに、『山の国』の兵士がやってきて、横笛を披露します。この曲も先の2曲とメロディが似ていました。『水汲みをサボっている子どもの様子』を歌ったものです。続いて『砂の国』の兵士がやってきて笛を披露しました。『ラクダの出産日に準備に追われる家族の様子』を歌ったものです。最後に『海の国』の兵士がやってきて、縦笛を披露しました。『大漁旗を掲げた帰路、港での歓喜の声が沖にも届いてくる喜びを歌った歌』とのことです。5人の兵士が披露した曲は、全てメロディがそっくりでした。兵士たちは、不思議な繋がりを感じ始めました。ついさっきまでの殺伐とした雰囲気が嘘の様に感じたのです。

この時から、5人の兵士は、父なる神を間に立てて、会話を交わす様になりました。池畔の小屋は、殺伐とした“戦場の治療所”などではなく、徐々に、“友の集う別荘”の様な明るい雰囲気になっていったのでした。

別れ

時は流れ、5人の兵士全員が完全に回復し、いよいよ別れの時がやってきました。兵士たちは、おもむろに立ち上がり、剣を抜きました。緊張が走った瞬間でした。しかし、兵士たちは、静かに小屋の隣にある切り株に向かいました。そして、自らの剣を順番に切り株に刺していき、手放していきました。皆、一様に決意を秘めた表情で。

「父なる神よ、ありがとうございました。我々は故郷に帰ります。この御恩は一生涯忘れることはないでしょう。もうお会いすることは叶わないでしょうが、故郷より、研究の成功をお祈りしております。」

そう言うと、5人は向き合い、手を取り合って別れを惜しみました。一人が、何かを言おうとしましたが口を閉じ、少しだけ考えてから、それぞれの言葉でこう言いました。

「みんな、元気でな!」

この言葉は、父なる神に教えてもらったものでした。4人は驚きました。そして、それぞれの言葉で返したのでした。

「おう。おまえも元気でな!」

5人の兵士たちは、別々の道から森へ入って行きました。道に迷わぬ様、また、入っていはいけない場所に足を進めぬ様、オオカミが護衛をしながらの帰路になります。

5人が旅立ったあと、父なる神の小屋は、一気に静かになりました。

数週間が過ぎ、父なる神の研究の一日は、昔のような静けさを取り戻していました。父なる神は、なんとなく寂しさと覚えながらも、以前のように、淡々と日々を過ごすようになっていました。ふと、小屋の隣の切り株を見ると、刺された剣を取り囲む様に、5本のひこばえが生えていました。父なる神は、5人の無事を祈り、何かを悟った様に、研究室へ戻って行ったのでした。

こぼれ話

5人の兵士が回復して旅立つまでの間、父なる神は、兵士たちの衰えた体力を取り戻すためのリハビリが必要だと感じていました。そこで、父なる神は5人の兵士を連れて、“あの1本の大きな木”のもとへ行きました。

「偉大なる母なる木よ。これらの者たちを無事に家に帰すため、長く険しい道のりを耐え抜く力を取り戻す必要があります。どうか、このイブの子たちが森を歩むことをお許しください。」

こうして、5人の兵士は、森の中心部の限られた地域だけ、オオカミに襲われることなく歩いて回ることができる様になったのです。そして、この対面の時、兵士の一人、ヒゲの大男が“あの1本の大きな木”を見てこう言いました。

「これは何と壮麗な姿なのだろう!もし、私の国の神話に登場する『ユグドラシル』を見ることができるのであれば、この様な姿なのかもしれない!」

父なる神は、ヒゲの大男の言葉を他の国の言葉に訳し、それぞれに伝えました。その時、『ユグドラシル』をこの様に説明しました。「世界を体現する巨大な樹『世界樹』」と。この時から、“あの1本の大きな木”を、ヒゲの大男は『ユグドラシル』、他の4人の兵士たちは『世界樹』と呼ぶ様になりました。そして父なる神もまた、同じく『ユグドラシル』あるいは『世界樹』と呼ぶ様になったのでした。